« ノットバーン | トップページ | 耐力壁・金物検査とサッシュ »

2014年10月23日 (木)

中越地震から10年

今日は、新潟の中越地震からちょうど10年だそうです。もう10年かとじみじみ感じます。

中越地震が起きた時は、確か高崎の街なかの、古民家を改修したような居酒屋さんで呑み会をしていました。今までに感じたことのないような激しい揺れで、飾ってあったものが隣の人の頭に当たったりしていました。みんなビックリして、お店の人が用意してくれたラジオを聴いたり、家族に電話したりした覚えがあります。

以前にブログで書いたこともあったと思いますが、建築士などの人が講習を受けると、「被災建築物応急危険度判定士」として登録することができます。地震などがあったところへ行って、建物の被害の程度を簡易的に調査して診断し、赤、黄、緑の紙を貼る作業です。建築士の中には、登録している人がかなりいると思います。私も登録していて、10年前の中越地震の時に、応急危険度判定士として、応急危険度判定活動のために長岡周辺に行ったことがあります。

Img_7553

もともと応急危険度判定活動は、県や市町村の建築系の職員の方が行くことがほとんどだったのですが、この時は民間の建築士にも募集が掛かり私も応募したわけです。この時は、群馬から民間の建築士が応急危険度判定に行くのは初めてとのことで、急でもあったので民間からは4人のみで、さらには、活動中に事故にあったりした場合の保険はどうなるのかなど不透明な部分も多かったようで、「被害の状況をこの目で見ておきたい」と強く思ったからではあるものの、あとで振り返ると結構危なかったかなぁと思ったりします(苦笑)

Img_7543

私たちは県外の者ですし、民間人でもあったからか、比較的被害の小さい地域に割り当ててくれたようですが、それでもいろんな建物がいろんな損壊の状態を呈していました。判定士2人ひと組で、その日の朝にどの家を診るかを言われて、順に進めて行きます。被害のひとつひとつに対して、「こういう壊れ方をするのか、こういうところから壊れていくのか」と、判定をしつつ、実際の様子を見て学ぶこともたくさんありました。見させて頂く住まいの方々の多くが、壊れた家に大きな落胆を抱いたり、片付けに疲れたりでとてもつらいであろうに、私たちのようにボランティアで活動している人たちにお茶を出してくれたり、丁寧にお礼を言って下さったりして、逆に恐縮してしまったり、嬉しくなったりなど、そうしたこともとても良い経験でした。

もともと私は、建築の構造的な面にももちろん気を使ってきたつもりではありましたが、それでもこれ以降、さらに大切に考えるようになったと思います。ただ、建築はさまざまな面を総合的にふまえていろいろを決めていくものですので、構造的な安全性を必ずしも最優先するなどではありませんが、「ごく当たり前のこと」として自然にその性能を満たしていけると良いなと思ったりしています。

一方、こうした大きな地震がある度に建物の無駄な強度の必要性や、一般の人の不安をあおって商売をする人たち、逆に、構造的な安全性に手を抜く専門家たちが目立つのも、いつまでたっても変わらないようでとても残念に思ったりします。大きな地震の度に、建築基準法の構造関係の規定が改正され、より建物の強度が増している面もありますが、例えば住宅などでも、地震で倒壊したりしているのは、かなり古い建物であったり、手抜きと言われるような工事で作られたものばかりで、その当時の法律に基づいて、当たり前の工事がされた家は、ほとんど倒壊などしていないことは、専門家の間では当然のこととして知られています。木造と鉄筋コンクリート造の建物を比べて、どちらが地震に強いかを考えるなども無意味なことです。家や建物にとって、何がどれくらい大事であるかは、ある程度人によって差があるのは当然ですが、それであっても、あまりに正しくない情報などはその旨お伝えできるよう、これからも努めていきたいなと思ったりします。

ん~、どうも年々、文章がヘタになっていくのを感じてお恥ずかしい限りですが、みなさま、これからも宜しくお願いいたしま~す!(笑)

« ノットバーン | トップページ | 耐力壁・金物検査とサッシュ »