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2007年1月

2007年1月22日 (月)

安中市行政改革審議会

 先日、安中市行政改革審議会の2回目の会議があったので出席してきました。なぜか私も委員を仰せつかっています。

この行政改革審議会は、新安中市の行政改革大綱の策定など行財政の幅広い課題について調査・審議・答申を行なう、地方自治法に基づく付属機関です。現在、各地方公共団体が求められている、多様で高度な行政需要に対応できる、スリムで効率的な行政運営と、私たち市民に開かれた行政を実現するために、必要な事項をこの審議会に対して諮問し、答申をもとに行財政改革を進めるとの位置付けのようです(『あんなか広報』より)。

私にとって行政改革などというのは、全くの専門外で、会議でのほかの委員さんのご発言をうかがっていても、難しいことばかりです。それでも、私は一般市民の立場として参加し、必要に応じて率直な意見を申し述べれば良い、ということのようなので、比較的気楽に会に臨んでいるのですが、それでも専門の先生方が主導して下さって進められる会議を拝聴しているだけでも、大変勉強になるなと思います。

この先、どのようにこの審議会を進めていくかも含めて、話し合いが始まったばかりなので、今後どのようになるのか全くわかりませんが、何かと揶揄される機会の多い行政が、少しでも私たちの暮らしやすさにさらに貢献してくれて、頼もしく、身近な存在になってくれれば、こんな嬉しいことはありません。審議会の内容については、適宜広報され、今後は原則公開になるそうですし、私は詳細に言及できる立場には無いので、このブログには書きませんが、今後の推移が楽しみです。

2007年1月14日 (日)

ゴミの分別

0222  昨年末に大掃除ができなかったため、1月の週末に、かみさんとコツコツと大掃除をしています。自分は、要らないものは結構バッサリと捨てられる方だと思っているのですが、それでもついつい、片付けずに放っておいてしまっているものがたくさんあることを改めて感じます。それら要らなくなったものを片っ端から引っ張り出して、と。

 しかし、いざゴミ袋に入れようと思うと、かみさんから「分解できるものは分解して、分別しないとダメだよ」と注意されました。ものぐさな自分としては「面倒くさいなぁ・・・」とぶつぶつ言いながら、一方で、「はて?ところで安中市のゴミの分別って、どうなっているんだろう?」と思って、ネットで調べ始めました。以前にいくつかの街に暮らしましたが、かなりの種類に分別するよう決められているところもあったためですね。

そこで安中市のHPを見ると、ゴミの分け方について載っていました。

安中市HP ゴミの出し方について

簡単に書くと安中市の場合、「収集日に出せるゴミ」と「収集日に出せないゴミ(=粗大ゴミ)」に分けられ、収集日に出せるゴミが「燃えるゴミ」、「燃えないゴミ」に、さらに燃えないゴミが「金物類」と「ガラス類」に分かれていました。金物類の日の中で、年に4回、使用済み乾電池を収集してくれる日があるようです。でもこれって、自分が子供の頃と、ほとんど変わっていないように思うんですが・・・。

でも、ゴミを分別する種類の多さって、なんで市町村によって違うのでしょうか?種類が多いと、きちんとしているみたいなことってあるのでしょうか?なかなか疑問です。それと現安中市長は、選挙公約のいとつとして「ゴミ処理の無料化」を謳いました。それが、自分たちの環境意識の向上に取って良いのかどうかは議論があると思いますが、それはさておき、安中市指定のゴミ袋は、薄くなったのか、何だか以前に比べて破れやすくなった気がします。ちょっとモノを詰め込んだりして、固いものが入っていると、いとも簡単にビリビリっと・・・。ちなみに指定ゴミ袋は、45ℓの大型サイズで¥20/枚のようです。でも今回調べてみて、燃えないゴミには、指定袋を使わなくても良いことを、初めて知りました。今までは何でもかまわず捨てていましたが、容器の金属キャップは外して金物類に分けたり、容器の中身はきちんと洗って捨てたりと、遅ればせながら、分別の基本を始めました。

2007年1月 7日 (日)

少林山だるま市

020  1月7日に、少林山達磨寺で行なわれているだるま市に行ってきました。毎年、1月6日、7日の両日に行なわれているだるま市、上毛かるたの「え:縁起だるまの少林山」でお馴染みです。小さい頃は、比較的近い場所でのイベントであるにも関わらず、子供の頃には一度も行ったことが無かったのですが、事務所を開設して以来、毎年、商売繁盛のお札を買いに行くようにしています。特に信心深いわけでもなく、ただの縁起担ぎなのですが、それでもこうしてやってこれているのも、達磨寺のお札のお陰かもしれないな、なんて思うこともあったりして・・・。

 例年は、やはり6日の夜が一番参拝客が多く、私も例に漏れず、その頃に行っているのですが、その夜はかなり寒そうとの予報だったため、2日目の昼間に行くことにしました。それでも今年は、開催が土日と重なったためか、比較的すいているはずの 2日目の昼間にもかかわらず、かなりの人手で賑わっていました。

 通称中曽根道路と呼ばれる、鼻高町から乗附町へ通ずる道路から参道へ進み、一番最初のところに、昨年のだるまやお札を返すところがあり、そこから大渋滞の急な階段を上って、ようやく境内に辿りつきます。そこでお札の祈祷の申込をしてから、待つこと20~30分、祈祷を終えて、お札を手にすることができます。帰りの順路は、くねった山道の両側に屋台や休憩所などがところせましと建ち並んでいて、例年は、そこで一杯引っ掛けて帰ります。

 商売繁盛を兼ねた祈願であれば、基本的にはどこのお寺などでも良いと思うのですが、それでも少林山へ出掛けているのは、やはり以前の職場からのつながり、具体的には、この達磨寺にある洗心亭に、ドイツ人建築家ブルーノ・タウトが、井上工業の創業者一族の井上房一郎さんのはからいで昭和9年から11年まで身を寄せていた、ということからです。ブルーノ・タウトという建築家は、建築史の教科書にも出てくる、ドイツ表現主義での有名な建築家です。

ブルーノ・タウトに関する達磨寺のHP

 井上工業の関連会社であったキャド計画研究所にいた頃、その時の上司に連れられて、一度、そのご祈祷を受け付けて、お札を渡す人たちのお手伝いをしたことがありました。時期が時期なので、参拝に行く際も、厳重な防寒対策を施して出掛けますし、その時もそうだったのですが、それでも、板の間の冷たさに、ああした方々の大変さを身をもって感じたものです。そんなことも改めて思い出したりもしました。

 いずれにしても今年も、年中行事を無事に終えられれてホッとするとともに、新しいお札を作業部屋に飾って、さらに気合を入れて仕事に励めそうです。

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